厚生労働省指定難病・血管炎による脊椎肥厚性硬膜炎の新たな病態を発見-治療法に道-
2025年04月01日
概要
本学脳研究所脳神経内科学分野の中島章博助教と本学大学院医歯学総合研究科の河内泉准教授らの研究グループは、本学脳研究所(脳神経内科学分野、病理学分野)並びに本学大学院医歯学総合研究科を中核拠点とし、信州大学、帝京大学、北里大学、産業医科大学、新潟医療福祉大学、国立病院機構新潟病院などと共同して、抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎(注1)である厚生労働省指定難病「顕微鏡的多発血管炎(MPA)」「多発血管炎性肉芽腫症(GPA)」(注2)に生じる「脊椎肥厚性硬膜炎」(注3)の臨床的特徴・免疫病態・治療法・長期予後を世界で初めて明らかにしました。本研究成果は、2025年3月19日、北米神経学会誌「Neurology」(IF 8.4)(5-year IF 9.0)のオンライン版に掲載されました。
本研究成果のポイント
- 脊髄を覆う硬膜に炎症が起こる脊椎肥厚性硬膜炎は、厚生労働省指定難病・血管炎の原因自己抗体「抗好中球細胞質抗体(ANCA)」、中でも好中球の細胞質に含まれる酵素タンパク質であるミエロペルオキシダーゼ(MPO)に対する自己抗体(MPO-ANCA)を高い確率で持つ。
- 脊椎肥厚性硬膜炎は、脳を覆う硬膜に炎症が起こる頭蓋肥厚性硬膜炎と比較し、ANCA関連血管炎の疾患活動(バーミンガム血管炎活動スコア「神経系」(注4))が高い。
- 肥厚した脊椎硬膜は、本来の硬膜の外と内に、肉芽腫性炎症巣と筋線維芽細胞(注5)を大量に含む2層を形成することで、計3層構造を構築する。肥厚硬膜の増大により、脊髄を圧迫し、高い確率でミエロパチー・脊髄症(注6)を生じる。これらの病理構造は、ANCA関連血管炎で障害される他臓器と相同の肉芽腫性炎症である。
- MPO-ANCAを持つ脊椎肥厚性硬膜炎には、①迅速な外科的減圧術(椎弓切除術と硬膜形成術)、②寛解導入・維持のための免疫抑制療法(高用量の糖質コルチコイドと、シクロホスファミドまたはリツキシマブいずれかを組み合わせた治療)が推奨される。
研究成果の公表
本研究成果は、2025年3月19日、北米神経学会誌「Neurology」(IF 8.4)(5-year IF 9.0)のオンライン版に掲載されました。
論文タイトル | Long-term clinical landscapes of spinal hypertrophic pachymeningitis with anti-neutrophil cytoplasmic antibody-associated vasculitis |
著者 | Akihiro Nakajima, Mariko Hokari, Fumihiro Yanagimura, Etsuji Saji, Hiroshi Shimizu, Yasuko Toyoshima, Kaori Yanagawa, Musashi Arakawa, Akiko Yokoseki, Takahiro Wakasugi, Kouichirou Okamoto, Kei Watanabe, Keitaro Minato, Yutaka Otsu, Yukiko Nozawa, Daisuke Kobayashi, Kazuhiro Sanpei, Hirotoshi Kikuchi, Shunsei Hirohata, Kazuaki Awamori, Aya Nawata, Mitsunori Yamada, Hitoshi Takahashi, Masatoyo Nishizawa, Hironaka Igarashi, Noboru Sato, Akiyoshi Kakita, Osamu Onodera, Izumi Kawachi* (*, correspondence) |
doi | 10.1212/WNL.0000000000213420 |
用語解説
- (注1)ANCA関連血管炎:抗好中球細胞質抗体(ANCA)を標的とする自己免疫病態により血管炎を引き起こす疾患群の総称である。代表的な疾患には顕微鏡的多発血管炎(MPA)、多発血管炎性肉芽腫症(GPA)、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)があり、それぞれ異なる臨床的特徴を持つ。古典的には、腎臓(壊死性半月体形成腎炎)や肺(肺胞出血、肉芽腫形成)を中心に全身に病変が及ぶとされていたが、近年では硬膜を含む神経系臓器も障害されることが明らかになっている。ANCAは、MPO-ANCA(抗ミエロペルオキシダーゼ抗体)とPR3-ANCA(抗プロテイナーゼ3抗体)に分類される。
- (注2)顕微鏡的多発血管炎(MPA)・多発血管炎性肉芽腫症(GPA):ANCA関連血管炎の主要な臨床病型である。MPAは小型血管を侵す壊死性血管炎で、壊死性糸球体腎炎や肺毛細血管炎を特徴とし、肉芽腫性炎症を伴わない。一方、GPAは上気道と肺に壊死性肉芽腫性病変を形成し、腎臓に壊死性糸球体腎炎を引き起こす。近年、ANCAの特異性(MPO-ANCAとPR3-ANCA)が治療経過に影響を及ぼすことが明らかになり、MPAとGPAの診断基準はANCAの特異性を基盤としたものに変遷している。
- (注3)脊椎肥厚性硬膜炎:肥厚性硬膜炎は、脳や脊髄を覆う硬膜が炎症によって異常に肥厚し、周囲の神経を圧迫することで様々な神経症状を引き起こす疾患である。一般的には頭蓋内に発生することが多く(頭蓋肥厚性硬膜炎)、脊椎硬膜に生じる場合は脊椎肥厚性硬膜炎と呼ばれる。
- (注4)バーミンガム血管炎活動スコア「神経系」:全身性血管炎の活動性を評価するスコアであり、全身の症状や臓器を9つのセクション(全身症状、皮膚、粘膜/眼、耳・鼻・咽頭、胸部、心血管、腹部、腎、神経系)に分けてスコア化し、ANCA関連血管炎の活動スコアを評価する。
- (注5)筋線維芽細胞:組織修復や線維化に関与する特殊な線維芽細胞であり、α-smooth muscle actin(α-SMA)を発現することで収縮性を持つ。細胞外マトリックスの合成やリモデリングを促進し、創傷治癒の過程で活性化される。一時的な組織修復に寄与するが、慢性的な炎症や刺激により持続的に活性化されると、異常な線維化を引き起こし、組織の硬化や機能障害の原因となる。
- (注6)ミエロパチー・脊髄症:脊髄の機能障害の総称であり、圧迫、血管障害、炎症などが原因で運動障害や感覚障害を引き起こす。主な原因には頚椎症性脊髄症、腫瘍、脊髄梗塞などがある。